Chapter Text
*
「オジサンから、キモいメールが来たんだけどさ」
放課後、なんとはなしに集まるいつものスケートパーク。冷たい口調でそう言うと、中学の制服姿の実也は猫耳カバーの付いた携帯電話をずいっと差し出した。同じく黒い制服姿の、暦とランガは目をまばたかせる。
「おじさん? お、おい、実也、お前…まさか…」
「スライムが一体何を想像してるのか知らないけど、愛抱夢のオジサンだよ」
「あ、ああ…そっか……」
「愛抱夢? なんて?」
なんとも形容しがたい表情を、忙しくコロコロ変えている暦とは対照的に、普段と変わらない調子のランガが、だが興味深そうに実也の携帯の画面を覗き込んできた。そこには、こんなメールの文面が表示されていた。
Dear MIYA
ご機嫌いかがかな、子猫ちゃん。
“S”のトーナメントは、君にとっては世界の厳しさを思い知った場所になったことだろう。
だからと言って、爪を研ぎ、牙を磨くことを忘れてはいけないよ。君の刃は、まだまだ鋭くなれるんだから。さて、残念ながら、今日は君に悲しい報せを伝えなければならない。
どうやら僕はもう、君の密かな崇拝者では居続けられないようなんだ。君も知っての通り、あの宿命のトーナメントで、僕は僕の天使に出会ってしまったんだ。美しい雪の結晶のような、僕だけの天使に!!
僕の雪の天使にジェラシーを感じさせる訳にはいかないので、残念だけど、君との関係はこれまでにしておこうかと思う。
もう、こうやって連絡を取ることもないだろう。君とはもう滑れなくても、どうか悲しまないでほしい。蕾の君が美しく花開く日を、遠くから、楽しみにしているよ♡
君のサポーター
愛抱夢
「…うーん、と。この漢字、何?」
眉根を寄せながら、ランガが文面の一箇所を指し示す。
「『つぼみ』だよ、英語ならflower bud」
「あー…オーケー」
実也の説明に、カナダからの帰国子女はうなずいた。
「実也すげーな、よくすぐに英語が出てくるな!?」
心底感心した、という調子で赤毛の高校生が口を挟んでくる。感嘆の眼差しで見られることに、悪い気分はしない。だが、それをこのスライムに教えてやる気はさらさらなかった。
「budくらいわかるでしょ、英検2級レベルの単語だし」
「…2級って、大学受験くらいじゃねーの?」
「うちの学校では、2級は中学のうちに取っとけって感じだよ。僕も、今年度中に受けるつもり」
「はー…やっぱ、ガッコからちげーんだなー…! お前んとこ、みんなアッタマいいんだろうなーぁ…」
なおも目を丸くして暦が言う。眩しいくらいに素直な賞賛の光が浮かぶ琥珀色の瞳に、知らず実也の心は弾み出そうとするが――今はそんな話をしに来たのではなかった。
「…そんなことはどうでもいいんだよ。ねぇランガ、最近、変なのに絡まれてない?」
「え?」
「だって、愛抱夢のオジサンのこれ…ランガのことだろ? トーナメントで出会った雪の天使とか、そんなのってさ」
ランガはただ、ぽかんとした表情を浮かべている。
「オジサンが、勝手にランガとどうにかなってるって思い込んで、しつこくつきまとってたりしたら、その……色々、危ないんじゃないかな、って……」
心配そうな声音で問いかける実也の前で、相変わらずランガはボサッと立っているだけだった。いつもながら、こんな様子は図体だけ大きいトロルのようで、口には出さないが実也は時々、本当にコイツは年上なのだろうかと疑ってしまうこともある。
「ああ、いや、俺、愛抱夢と付き合い始めたんだよ」
「……へ?」
「あっちは忙しいみたいで、なかなかは会えないんだけどさ」
平然とした口調でとんでもないことを告げると、ランガは照れた笑みを浮かべて頭をかいた。なんだろうか、これは。もしかしたら、ノロケというやつなのだろうか??
言葉を失って立ち尽くす実也に、なおも楽しそうにランガは続ける。
「あ、でも、メッセージは毎日くれるよ。写真もよく送ってくれるんだ。こないだなんてさ――」
「待って、ランガ、ストップ。もういい、わかった。…っていうか、その話いらない」
愛抱夢からのこないだの写真、とやらを見せるためにか、ポケットから携帯電話を取り出して、操作しようとしたランガにきっぱりと実也は告げた。断固拒否の意思を示すべく、立てた手のひらを真っ直ぐに相手に向ける。ランガは少し残念そうに、形の良い眉をひそめていた。
これは、なんということだろうか――どこに向かっているのかわからない心中の動揺を鎮めるために、大きく、実也は深呼吸をした。
「…えっと、それ、マジの話…なんだよね?」
「う、うん…。本当…だよ。あ、本気ってやつ!?」
何故かまたアクアブルーの瞳を輝かせて、自信ありげにランガが答えた。実也は怪訝な表情を向けることしかできない。困惑の只中にある黒髪の少年の肩に、ぽん、と、暦の手が置かれた。
「実也、気持ちはよーーーーーくわかるが、マジのマジで、ガチにホントの話なんだわ、これが」
「いや…だって……」
どこに驚いたらいいのか判らず、実也は再び言葉を失う。愛抱夢と付き合ってる、とランガは言ったが、それは学校でどこからともなく耳に入る、同級生の誰々と何々が付き合い出した、とか、そういう話とは次元が違うものなのではないだろうか? それとも、所詮は似たようなものなのだろうか?
そもそも実也はランガが誰かと交際するというのなら、それはほぼ間違いなく――
「ランガのこと、心配してくれたんだろ? ありがとな!」
実也の思考の流れを遮るように、のん気な調子で暦が言葉を続けた。見上げた先に、くしゃっとした笑顔が見える。
「そのうち、お前にも話そうとは言ってたんだぜ? だけどなんか、タイミング合わなくてすまねぇ。…まさかあのヤローが、先に実也の方に連絡寄越すだなんて…ちぇっっ」
つまらなそうに暦は舌打ちをする。スライムとラスボスの関係は、相変わらずのままのようだった。このスライムのことだ、深い意味はないのだろうが、自分のことを気にかけてくれていたのだと知ると、心に小さなあかりが灯ったかのような心地になる。
(ああ、もう…スライムのくせに…)
「危ないことも、とりあえずはなさそうだぜ。っていうか、愛抱夢のヤローがとにかくランガにメロメロでさ。ランガの言うことなら、もう何でも聞きそうな勢いみたいだし」
「へ…へぇ…」
どこか呆れたような、さらには辟易した調子で暦はこぼす。実也は努めて内心の動揺を表に出さないようにしながら、相槌を打つことしかできなかった。
結局のところ、あんな危険な岩山コースで正気の沙汰とは思えないビーフを繰り広げるようなスケーター同士には、何らかの通じ合うものがあったということなのだろうか? 少なくとも、実也が目指すスケートはああいったシロモノではない。
「ランガはランガで、『大丈夫。愛抱夢は俺を傷付けるようなことはしないよ』とか、さらっと言いやがるしな。…あーあまったく、仲のおよろしいこって。ハッ、おめでてー限りだよなーぁ?」
言うと暦は、両手を広げて肩をすくめ、わざとらしくため息をつく。単なるぼやき以上のものはなさそうな雰囲気で、実也はただまばたきを繰り返してしまう。
(な…な、なんだよ、それ…!?)
ランガと愛抱夢が付き合い始めた、という予想外のニュースもさることながら、それに対するこの赤毛の反応はどうしたことだろう。実也は、暦とランガの間に自分が割って入ることなんて絶対に無理だろう、と決めてかかっていたのだが――もしかして2人は、こちらが思っていたような関係性ではないのだろうか?
クラスメートで、スケート仲間で、いつも一緒の親友同士。ただ、それだけ??
